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2021年度希望創発センター8月例会対話セッション「当たり前とは」

執筆者の写真: 学生企画 希望創発センター学生企画 希望創発センター

2020.8.21 10:00-11:40


 今回は、2021年度希望創発センター8月例会1日目に実施した「対話すなっく」について紹介していきます。テーマは「当たり前とは?」で、ファシリテーターは宝金です。

「当たり前とは」というテーマは、本センターでもよく出てくる言葉で、日頃の生活でもよく使う「当たり前」という言葉、果たして「当たり前」は、どのような意味を持っているのでしょうか。Seekersメンバー7名による「対話すなっく」の内容を紹介していきます。


まずは、あなたにとって「当たり前」だと思うことは何?について対話した。

・法律を守る、・夜に寝ること、・食べること (キットカット)、・夏は暑い

・時間を見て行動する (時計をたまに見る)

・外食の時はお金を払う (物を買ったらお金を払う)

・何かしてもらった時にお礼を言う

・周りを見て行動する (車を運転し始めて、より感じるようになった)

・後輩とご飯に行ったら、先輩がなるべく出す (伝統)

・物は下に落ちる・朝はあまり頭が働かない・お酒を飲むと酔っぱらう

・気温差が激しいと体調が悪くなる・テスト前は勉強する・暑いと汗が出る

・子供の頃の夏休みは楽しい


最初は、「当たり前」だと思うことが、なかなか出てきませんでした。意外と「当たり前」だと思うことはないのでしょうか。その後、少しずつ参加者の思う「当たり前」が出てきたので、参加者がどのように「当たり前」だと思って前述の内容を発言してくれたのかを聞くために次の質問をしました (「当たり前」と聞かれても、自分にとって「当たり前」なので無意識の中に溶け込んで、取り出すのがなかなか難しいのかもしれない…。)。


次に、「当たり前」は誰がどうやって決めているのか?について対話した。

・①人から教わること 

 →学校や親から言われたことなど

 ②自分の経験から決めること

 →「俺はお酒を飲むと酔っぱらう」→「当たり前」:自分の経験から決まる

・人から教わること→特に親から教わることが多い (礼儀や靴を揃える、買い物に行くときはお金を持っていくなど)

・意識的にどうしようもないこと (食べる (動物的にしょうがない:生きていけない)、物が落ちる (地球に住んでいるからしょうがない)、暑いと汗が出る、夏は暑いなど)

・「当たり前体操」:言われてみれば、「そういえば、そうだな!」と思える面白さがある

・地域やその土地土地の文化によって、「当たり前」:一緒に飲んだら、友達になれる (高知県)、学校の水泳授業は海、家と車の鍵はかけない (奄美大島)

 →食べ物の食べ方 (ブリを緑色のヌタを漬けて食べる)

 →方言 (その土地に住んでいる人は当たり前に使う言葉)

・業界のルール (疑問 バイト:夜10時開始 おはようございます!から始まる会話→こんばんは。じゃないの?)

 →居酒屋(「おはようございます」は無視されないけど、「こんにちは」は無視される)

 →(バイト以外) 舞台、演劇などでも楽屋に入る時に使う

 →寮はどんな時でも「こんにちは」

 →「こんばんは」はなかなか使わない:夜誰かに会う時は「お疲れ様」を使うことが多い→「挨拶」当たり前

・学校や会社などの組織によって「当たり前」がそれぞれ存在する

→小椋君の学校・公文君の学校:校歌が歌えないことが「当たり前」だった (歌う機会が少なくて知らない:ウルトラソウルを歌っていた)(歌う度に歌詞カード配布)

  萩原さんの学校:ドイツ語の歌を全員歌える。校歌が3種類ある…。

  公文君の学校:卒業証書を自分で作るのが当たり前 紙は自分で作る (和紙)


「当たり前」を誰が決めているのかについて話していると、たくさんの「当たり前」が出てきました。参加者の故郷の「当たり前」や「疑問に思ったこと」から「当たり前なの?」という気づきを得た人がいました。また、意外と参加者の生まれ育った街同士で比較すると、「当たり前」が異なっていました。それぞれの参加者が思う「当たり前」は、皆異なります。その際のメリット・デメリットはないのでしょうか。


次に、「当たり前」になることで、メリットとデメリットについて対話した。

【メリット】

・作業が減る (「当たり前」が共通認識になっていたら、説明を省ける:言葉を話す量が減る。説明するときに「重要なポイント」だけを伝えることができる)

・挨拶などの「当たり前」を知っていることで、同じ環境にいる場合「団結力や自分の安心できる場」となる。

・過去の経験を共有できる (会話が弾む:県外に行った時に同郷の人に会った時など)

・場を気持ちよく共有できる (トイレで用を足したら流す、使ったものは元の場所に戻すなど)


【デメリット】

 ・「当たり前」だと思って、説明を省いてしまう。

  初めての人に対して、言葉にしないとわからないことがある

 ・「当たり前」ができない時に、仲間外れになってしまう

  →トラブルの元になる (図書券が全て図書カードに変わったことが「当たり前」だと思っていたけれど、図書券を使っている人もいて、困惑した (自分の中で図書券という認識がなかった)

・その地域で受け継がれている行事やお祭りなど、開催することが「当たり前」になってしまって、本来求められている行事の意図やお祭りの意図を継承することができていない時がある (継承の仕方に問題が?)


「当たり前」は必要なことでもあり、デメリットもあるということをしっかり認識しとく必要がありそうですね。次に、今までの発想とは真逆の質問をしてみようと思います。


次に、もし「当たり前」がなかったら…。について対話した。

・結局「当たり前」は生まれてくる→自分にとって都合の良い方に変化して生まれてくる

 →経験よりも自然界の法則によって生まれてきてしまう

・業界などの組織・地域の文化などがなくなるか。もしくは新しい「当たり前」が生まれる

・今までとは違う「当たり前」が生まれてくる

・他人と関わる (誰かと誰かで話す)ことで、「あ〜そうだよね!」となって「当たり前」になる

・毎日同じことを繰り返す (学ばない)→自分自身が学ぶことで「当たり前」が生まれる

・「当たり前」があることで、「当たり前じゃないこと」に気づかない

 →「当たり前」がないと、小さい幸せや変化に気づけない

・「当たり前」がないと「不安」になる

・「当たり前」がないと、自分自身のことを深く理解できること (相手のことも)

・何も気にせずに、なんでも行動できる

・「当たり前」がなかったら、失礼になることが多くなる?

 →礼儀は「当たり前」の上に成り立っている?

 →「当たり前」がないのか、それとも他人から教わっているから、その人にとっては「当たり前」になってしまっているのか疑問

・「敬意がない当たり前」は変えたほうがいい

 →例えば、先輩に対して「当たり前に敬語を使えない。」など。


「当たり前」のない社会は、もしかすると存在しないのかもしれないですね。さらに、「当たり前」がない社会は「不安」・「失礼」といったネガティブな意見が多かった印象です。参加者の意見を聞いていると、「当たり前」は必要な方向に対話が進んでいました。しかし、デメリットもたくさんあります。だからこそ、「「当たり前」を疑う必要がある」のでしょうか。


最後になぜ「当たり前」を疑う必要があるかについて対話した。

・他人の「当たり前」が自分の「当たり前」とは限らないから (たくさんある)

 →それ当たり前だろ!って言われて、自分の中では初めて知ったこともある

・新たな組織を作るときに、個人の「当たり前」が邪魔になる

・「当たり前」が障害や制約になることがある

・その物事に対して再認識することで、本来の目的を理解することができる

 →その物事について考えられる時間

・自分と他人との立場の違いや環境、状況などを感じることができて、面白い

・「当たり前」を疑うことで、betterに気づくことができる



以上、Seekersメンバーのコメントを記載しました。

続いて、これらの対話にチャットで参加していただいた参画社員、参画学生ならびに教員の皆さんのご意見を紹介したいと思います。


・社会人は「おつかれさまです」が朝の挨拶になりがち

・異動で別の部署に行くだけでもわからん言葉が飛び交っていてチンプンカンプンなことも良くある。中にいると気づかないけど当たり前って結構ローカルだったりする

・大多数の意見や行動が必ずしも「当たり前」ではないですよね

・「当たり前」も時代と共に変化していく気がする

・集団の何割が共通認識(暗黙の了解?)を持ったら「当たり前」になるのか?

・業界用語は組織所属の証であるが、他者を排除する暗号でもあるので、会話時には要注意

・人と人同士が共通の理解を形成しその人同士が合意した「当たり前」が増えていくこと自体は悪くないが、それを自明の理であるかのように他者に押し付け始めると危険

・なんでもあり、で皆が生きづらくなければ、それでOKですが、誰かが居心地悪くなる、生きづらくなる(持続可能でなくなる)のであれば、対話して新しい「当たり前」を探す必要がある

・化学反応において、「当たり前」と思われていた現象を覆す反応を開発すれば、それは大きなイノベーション、ブレイクスルーと受け止められる。自然の摂理だから抗えないと「思い込んでいた」ということでしょうか。

・標準化された考え方は便利だし必要なのでしょうが、違うことも否定しないことが大切ですね

・「当たり前」と思った瞬間に、そのことの意味を考えなくなるのでは?

・ベーシックな普遍的「当たり前」=倫理に基づく「当たり前」 と 慣習に基づく便宜的「当たり前」は別物なのかもしれません

・「当たり前」≒時短・省エネ?

・自分の「当たり前」をいかに客観視できるか、他者と向き合う際、何かを考える際に、「当たり前」をいかに保留(一旦、棚上げ)できるか?

・人と違っていたいくない!人から変な目で見られたくない!だから「当たり前」のことをして生きていたい!そういう願望が「当たり前」信者になっていのではないでしょうか?「当たり前」がいけないのではなくて、一旦「当たり前」を考えて、それを基準にして、それを少しずらすことで、新しい考え方が生まれる


今回のテーマである「当たり前」とは、「他人から教わったり、自分が経験した結果、「当たり前」だと思う」言葉でした。その「当たり前」を知っているからこそ、「当たり前」を疑うことができ、また疑う必要があり、それに気づく必要があるのかなと思いました。

今回は観客の皆さんと共に進める「対話すなっく」となり、いつもより少し堅さはあったものの楽しい対話ができました。参画社員の皆さんから頂いたコメントを見てみると、深掘りしたいポイントなどたくさんあったので、次回の「対話すなっく」では、Seekersのメンバーだけではなく、2021年の希望創発センターに参画していただいている社会人、学生また教員の皆様にも参加可能な「対話すなっく」を実施したいと思います。



よって、

次回の「対話すなっく」は9月2日19:00~オンラインZoomで開催します。

テーマも募集していますので、ぜひ気軽に、奮ってご参加ください!!お待ちしています!!


 
 
 

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